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2014年2月19日 (水)

【首相と憲法】「法の支配」の軽視では

安倍首相が国会演説などでよく使う言葉に「自由や民主主義、人権、法の支配の原則」がある。
 中国をにらみ、価値観を共有する国との交流を進める「価値観外交」の展開で語ることが多い。その首相が法の支配を軽んじるような発言を繰り返しているのはどうしたことか。
 首相は先週、衆院予算委員会で憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認をめぐり、「最高責任者は内閣法制局長官ではない。私だ。政府の答弁に対しても私が責任を持っている。その上で、選挙で審判を受ける」と答弁した。
 憲法9条に照らし「行使できない」とする現在の憲法解釈は、政府の「法の番人」である内閣法制局を中心に論議を積み重ねて導き出された経緯がある。首相はそんな経緯を意識して、最高責任者を強調したのだろう。
 だが、発言は、法制局の役割を軽視し、首相の腹一つで憲法解釈を変えることができる、とも聞こえる。それがまかり通るようなら、時の政権の都合で解釈がくるくる変わり、最高法規としての憲法の安定性は大きく損なわれてしまう。
 さすがに自民党内からも苦言が出始めた。元閣僚らの「選挙で勝てば、憲法を拡大解釈して何でもオッケーになってしまう」「解釈があまりに自由に行われると改憲の必要がなくなる」といった指摘を、首相は重く受け止める必要がある。
 首相は先々週には立憲主義についても、「王権が絶対権力を持っていた時代の考え方だ」と答弁した。首相の持論のようだが、重要な問題をはらんでいる。
 憲法は国民の権利や自由を保障するために国家の権力を縛る、というのが立憲主義だ。近代憲法の「本質」であり、世界の民主主義国が共有する価値観といってもよい。
 首相の発言はそれを否定していると受け止められても仕方あるまい。自民党の憲法改正草案ににじみ出る「国家は人権に先立つ」とでもいえそうな考え方と、憲法をどう捉えるかという点で共通していよう。
 首相が繰り返す法の支配で、最も基本となるのは憲法との向き合い方だろう。集団的自衛権の行使容認などに前のめりになる首相の姿勢は、権力を制限する憲法の重しを少しでも取り払おうとしているように映る。

                             

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