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2014年3月17日 (月)

【河北新報】<社説>【大震災3年】復興の主役は『街』ではなく、『人』である


 暮らしの再建/「人間の復興」を道しるべに

 あの日から3年が過ぎたというのに、復興の手応えを実感できないのはなぜなのか。どこかでボタンの掛け違いがあったのだとしたら、それはどの時点だったのだろうか。

 「関東大震災からの帝都再建を復興のモデルに」という震災直後の世論に、行政学の泰斗である西尾勝東大名誉教授は、違和感を覚えたと振り返っている。実際、帝都復興院に倣って東北復興院の創設を求める建白もあった。

 復興院は、岩手県出身の後藤新平(1857~1929年)が総裁として辣腕(らつわん)を振るい、今日の首都東京の骨格を成した。そこには「最新のインフラを整備すれば、おのずと人々の暮らしも再生する」という巨大都市ならではの前提があった。

 広域に小都市や農山漁村が点在する今回の震災に、都市型災害の知見で臨むことの筋違いぶりを、西尾氏は危惧したのだ。

 きれいになった街区をもって復興とする考え方には、当時から異論があった。後藤と同時代を生き、わが国経済学の先駆を成した福田徳三は「復興事業の第一は人間の復興でなければならぬ」と説き、後藤の復興手法を「物本位」と断じている。

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