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2014年5月21日 (水)

【大川小訴訟】 「守れた命だった」 悲痛な叫び、法廷に響く

 安全だと信じた学校で多くの児童が犠牲になったのはなぜ。19日、仙台地裁であった大川小訴訟の初弁論で、遺族たちは声を絞り出すように訴えた。「子どもたちは先生の言うことを聞いて、ひたすら待っていただけ」「守れた命だったのです」。あの日何が起きたのか。真実を求める悲痛な叫びが法廷に響いた。

 遺族らは児童の遺影を掲げて地裁に入った。原告の 鈴木実穂 (すずき・みほ) さん(45)は東日本大震災の朝、自転車で学校に向かう6年の長男 堅登 (けんと) 君=当時(12)、4年の長女 巴那 (はな) ちゃん=当時(9)=の姿を今も鮮明に覚えている。意見陳述の冒頭「あの日の出来事が夢であってほしいと思わない日はありません」とうつむきがちに語った。

 堅登君は震災から8日後、学校から約1キロ離れた川岸で遺体で見つかり、巴那ちゃんは3年2カ月が過ぎた今も行方不明のまま。「『私を捜して』。娘にそう言われているようで、現場を1日も離れることができませんでした」と実穂さん。「遺族は震災の日から一歩も前へ進んでいません。あの幸せな日々を返してください。娘を返してください」と結んだ。

 「津波にのまれるのがどれだけ怖いことか、息子の最期を想像するたびに胸がはりさけそうになる」。 今野 (こんの) ひとみさん(43)は6年だった長男 大輔 (だいすけ) 君=当時(12)=を失った。助かった児童から、大輔君が「山に逃げよう。ここにいたら死んでしまう」と教員に訴えていたと聞き「助かりたかった息子の遺志を無駄にしたくありません」と声を震わせた。

 3年だった一人息子 佐藤健太 (さとう・けんた) 君=当時(9)=を亡くした父の 美広 (みつひろ) さん(53)は「震災前は健太が生活の中心で、夫婦にとっては成長が生きがいでした。私たちの全てでした」と被告席に向かって語り掛けた。「仕方がなかったで終わることなく、責任の所在をはっきりさせて、しかるべき処分がされるよう強く望む」と求めた。

 (共同通信)

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