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2014年7月10日 (木)

的外れな無年金・低年金対策――貧困を防止するのか、保険原理を固持するのか - 田宮遊子


最近の年金制度改革のなかで、新たな2つの低年金・無年金対策(2015年9月末までの期間限定の保険料後納期間を10年に延長する措置、年金を受給するための加入期間を25年から10年に短縮)がつくられた。
しかし受給期間の短縮措置によって必要となる新たな支出は、消費税増税分を財源とすることになっている。つまり2015年10月に消費税が10%に引き上げられなければ、短縮措置は取られることがない。そのため無年金者は、無年金を脱するために、消費税が10%に引き上げられることに運命を賭けて、2015年9月末まで保険料を後納することができるものの、もし同年10月に消費税増税が実現しなければ、後納した保険料はまったくの無駄になるというリスクを負わなければならない。こうした問題点については、すでに前稿でより詳細に述べた[*1]。
[*1] 年金制度改革から生まれた低年金・無年金者の「ばくち」
このようなとんでもない事態が引き起こされているのは、2つの制度改正が相互に無関係につくられてしまったためだ。この、連続性・整合性に欠ける無計画な2つの政策が進行しつつある事体は、いかに年金制度改革の中で無年金・低年金対策が重要視されていないかを示している。
こうした事態を収拾し、実効性のある無年金者対策とするためには、時限措置付きで実施された保険料後納期間の延長を3年間に限定せずに一定期間継続し、あわせて、消費税の増税を前提とせずに加入期間の短縮を実施すべきだ。このままでは、2015年10月から年金を受給するための加入期間が10年に短縮されるかもしれないのに、後納期間の延長措置はその1日前に終了してしまう。
以上が前稿で指摘したことだが、本稿では、基礎年金の国庫負担引き上げと年金加算という方法での無年金・低年金対策をみていきたい。
基礎年金の国庫負担分引き上げ
高齢化が進むなかで抑制基調にあるといえども、ある程度の年金は受け取りたい、というのであれば、保険料を引き上げて年金全体の収入を増やす方法がある。あるいは、年金給付の財源として税金を投入したり、税金の割合を高めることによって給付水準を改善する方法もあり得る。
先の社会保障・税一体改革では、消費税の増税分(5%から8%)を財源にして、基礎年金の国庫負担分を年金給付の3分の1から2分の1に引き上げることが決まった。基礎年金の給付水準を維持すると同時に、これ以上保険料が上がりすぎないようにしたい、というねらいだ。
公的年金制度の財源として、保険料だけでなく税金をどう使うかの議論は今に始まった事ではない。過去にさかのぼっておさらいしておこう。
1985年に基礎年金制度が創設される以前は、国民年金、厚生年金、共済年金それぞれに、異なる割合で税金が入っていた。かつて国民年金、厚生年金、共済年金がそれぞれ分立していたものを、85年改正では、共通の土台をもつ制度に統合した。全ての人が国民年金に入り、基礎年金を受給する、現在の仕組みだ。
老齢基礎年金の3分の1に固定された税金の投入分について、もっと多くを税財源で、という主張は各方面から根強くあった。高齢化が進展するなかで、給付水準を維持するために何か手段を講じねばならないが、保険料の引き上げは人気がない。保険料を支払っている市民のみならず、企業側からも歓迎されない。企業は労働者の保険料の半分を負担しているから、保険料率が上がればその分企業側の負担も上昇するためだ。そこで、税金の割合を高めれば、保険料の上昇は抑えることができる。国庫負担の引き上げは企業側も歓迎してきた政策手段であった。
国庫負担の3分の1から2分の1への引き上げは、2000年改革で約束された。ただし、2004年までに安定財源を確保することが条件だった。2004年以降、2分の1に向けて段階的に引き上げが開始したものの、必要な財源は臨時的なものでなんとかまかなうという不安定な状態にあった。それが2012年の社会保障・税一体改革では、消費税を8%に上げることで得られる税収を恒久的な財源にすることとし、財源論に決着がつく形となった。
このように、基礎年金の国庫負担の引き上げは、保険料の上昇を抑制するための方策であったが、同時に重要なのは、これが、保険料免除者の年金額の引き上げにもつながるということだ。
第1号被保険者については、所得が低い場合には保険料が免除される仕組みがあることは前稿でも述べた。将来年金を受給する際に、この保険料免除期間に関する国庫負担分については年金額に反映される。そのため、国庫負担が3分の1から2分の1に引き上げられることで、免除期間に関して保障される年金額も増加することになる。その意味で、国庫負担の引き上げは低年金者対策の効果も持っている。
国民年金創設時の納付期間の短縮措置と福祉年金
続いて、無年金者・低年金者に直接追加的な給付を支給する方法である年金加算についてみていこう。
保険料納付の免除・猶予制度、保険料後納期間の延長、受給資格期間の短縮といった、これまでみてきた方法は、国民年金への加入実績、保険料の納付実績に基づいて老齢基礎年金を給付するという原則を崩さずに無年金・低年金者の発生を防ぐものである。これに対して、無年金・低年金者に直接何らかの追加的給付を支給する方法が年金加算だ。これは、加入実績や保険料納付実績にかかわらず給付を支給するから、現に無年金・低年金である高齢者の貧困救済に直接的な効果があるが、保険料の納付実績を重視する現行の公的年金本体の原則とどう両立できるのかは議論になるところでもある。
保険料納付実績にかかわらない年金の支給について考えるために、ここで歴史を振り返ってみよう。
遡ること55年前の1959年に国民年金法が制定され、1961年からスタートした。すでに会社員や公務員には職業ごとの年金制度があったので、そうした制度にカバーされない自営業者や農林水産業に従事する人たちのための制度であった。遅れて出来た年金制度のため、制度が新設されたときにすでに高齢の人は年金を受給するために必要な加入期間が十分にとれない。そこで、そうした人たちにも年金が支給されるように、2つの方法がとられた。
ひとつは、制度発足時に一定年齢以上の人に対して、保険料の納付期間を短縮する措置だ。加入期間は25年間必要なところ、当時31歳から49歳までの人は年齢に応じて、10年から24年の納付期間でよいとされた。また、制度発足当時50歳以上の場合には、最低5年の保険料納付期間があれば老齢年金が支給されたから、今から考えるとずいぶん太っ腹な対応だった。
くわえて、制度発足時に70歳以上だった人、あるいは、発足時50歳以上で、保険料を一定程度納めたが、年金を受給できる条件は満たしていない人には、全額税金で財源を賄う老齢福祉年金が支給された。
このように、国民年金創設当初、その時点ですでに30歳以上の人たちのなかで無年金者がでないような特別な対応がとられたが、今からみると、幾分大盤振る舞いにみえてしまう。その背景には、公的年金制度をまだ十分認識していない人々に国民年金への支持を広げるというねらいもあった。最初の老齢年金の受給者がでるまで25年かかるとすれば、ずいぶん先の話であり、今から保険料を払って本当に年金を受け取れるのか、という市民の不安があった。また、野党や労働組合による国民年金制度創設反対運動も続いていた。
そのような社会情勢のなかで、年金を受け取る人が早い段階で目に見える形となれば、保険料を支払う意味と将来的な利益を理解できる、ということからも、納付実績にかかわらず早期に受給者が出るような仕組みがとられた。
年金加算の最近の動向
国民年金創設時に無年金者の発生を防ぐために実施された福祉年金であったが、制度が成熟した今日も依然として無年金・低年金者が発生している。このため、福祉年金の今日的な形での導入をめぐる新たな展開がみられる。
政権交代後の2011年6月段階での民主党の社会保障改革案では、高齢者のセーフティネット拡充策の一つに、年収65万円未満の高齢者に一律月額1万6千円の年金加算を実施することが提案された。民主党が提起していた最低保障年金の水準は月額7万円であった。老齢基礎年金の平均受給額が月5万4千円であったことから、追加的な年金加算を1万6千円支給することで最低保障年金の水準になるという考え方だった。
この後、社会保障審議会年金部会に提起された政府の基本案では、低所得者への月額6千円の定額加算と、過去の保険料免除期間の給付率を3分の1から2分の1になるよう加算する、という2本立てのものに縮小された。
加算額を一律6千円としたのは、老齢基礎年金の満額が月額約6万4千円であり、民主党の考える最低保障年金の水準7万円との差額を年金加算という形で支給しようとするものだった。あわせて、障害基礎年金と遺族基礎年金にもほぼ同様の加算を行うとされた。
つづく国会審議のなかで、民主・自民・公明の3党合意(2012年6月15日「社会保障・税一体改革に関する確認書」)が図られ、結果として年金加算はさらに規模を縮小する形となった。年金加算という位置づけにせず、年金とは別枠で、低所得の高齢者に対して福祉的な給付を行うものに変更された。年金制度と別枠とはいえ、その給付方法は過去の保険料納付実績を基に支給される仕組みとされた。
この低所得高齢者への福祉的な給付の支給額は、基準額(月額5千円)から、過去の保険料納付月数に応じて支給される。例えば、40年間保険料を納めて満額の老齢基礎年金(月額約6.4万円)を受給している人で、他の収入がなく低所得の場合、月額5千円が支給される。25年間保険料を納めて老齢基礎年金を月額約4万円受給しているが、他の収入が無く低所得の場合、月額3,125円が支給される。
あわせて、過去の保険料免除期間の給付率が3分の1から2分の1になるように追加的な給付が行われる。
ここで低所得の基準は、世帯員全員が住民税非課税で、かつ、年金収入とその他の収入が老齢基礎年金の満額以下であることが求められる。
この福祉的給付の内容は「年金生活者給付金法」として2012年に成立し、実施時期は2015年10月を予定している。すなわち、前稿でみた受給資格期間の10年への短縮措置と同様、この給付の財源も消費税増税分が想定されており、消費税が10%への引き上げが実施の前提となっている。
導入予定の福祉的給付は的外れな無年金・低年金対策
あらたに創設される予定のこの福祉的給付は、低所得高齢者へのセーフティネット機能の拡充を目的としている。そうであるならば、年金額が低く、収入が少ない人ほど手厚い福祉的給付を受けるように設計するのが効果的だ。ところが、この給付は、保険料納付期間が長い人(つまり年金額が高い人)ほど高額な給付が支給される仕組みになっている。
この制度の目的と仕組みの関係に「?」マークが浮かぶ人も多いのではないだろうか。高齢者の貧困対策のための給付であれば、より経済的に困窮している人に多くの金額の給付を支給して、全体として高齢者の生活水準を引き上げるものではないのかと。
ここで出てきた理屈は、「保険原理」と「保険料納付意欲」であった。公的年金が社会保険制度で作られている以上、過去により多くの保険料を支払った者に、より多くの年金が支給されるべきである、ということと、もし保険料の納付実績にかかわらず給付を出してしまうと、人々の保険料納付意欲が減退してしまう、というものだ。
つまり、今回導入される予定の福祉的給付は、経済的困窮度に対応させるのではなく、過去の保険料納付に比例して支給するものであり、貧困を防止することよりも、保険原理を優先させたものとなっている。この論理でいくと当然ながら、過去の加入実績と保険料納付実績が受給資格期間の25年(2015年から10年に短縮されるかもしれない)を満たせていない無年金の低所得高齢者に対しては1円も支給されない。
イギリスの低年金対策
低年金対策の一例としてイギリスの制度を挙げよう。
イギリスでは年金を補足する制度として2003年にペンション・クレジットが導入されている。これは「保証クレジット(Guarantee Credit)」と「貯蓄クレジット(Savings Credit)」で構成されている。保証クレジットは、収入が一定額(単身世帯で週148.35ポンド(約25,600円)、カップル世帯で週226.50ポンド(約39,000円)、2014年度額[*2])に満たない高齢者に対して、その差額を現金で支給する[*3]。イギリスの基礎年金(Basic State Pension)の満額は単身が週113.10ポンド(約19,700円)、カップルが180.90ポンド(約31,600円)[*4]であるから、ペンション・クレジットは、基礎年金の満額水準以上をすべての低所得高齢者に保障していることになる。
[*2] 1ポンド172.42円で計算(実勢外国為替相場の2014年5月11日−17日の平均値)

[*3] 2014年度額(イギリス政府総合ウエブサイト「Pension Credit」 https://www.gov.uk/pension-credit/overview)

[*4] 2014年度額(イギリス政府総合ウエブサイト「The Basic State Pension」https://www.gov.uk/state-pension/overview
とりわけ、こうした年金加算は、男性と比べて低年金になりがちな女性にとって重要度が高い。2013年8月段階で、年金受給者全体の2割近くがペンション・クレジットを受給しているが[*5]、女性単身世帯の受給者数は男性単身世帯の2.5倍の数にものぼる[*6]。
[*5] Department for Work and Pensions, 2014.3.19, National Statistics on benefit claimants (August 2013 data). https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/299830/stats-summary-feb14.pdf
[*6] Office for National Statistics, Pension Trends Chapter 5: State Pensions, 2013 Edition. http://www.ons.gov.uk/ons/dcp171766_341468.pdf
ペンション・クレジットと日本で導入されようとしている低所得高齢者向けの福祉的給付と比較すると、日本の仕組みは過去の保険料納付実績にこだわっているために、より年金額が低い人に少額を、より高額の年金を受けている人に高額の給付を支給するものになってしまっており、低年金対策としてターゲティングがずれてしまっている。
加えて、無年金者には一切支給されず、無年金・低年金の高齢者が生活保護へ依存せざるを得ない状況を何ら解決できない。セーフティネット機能の拡充策としてはなんとも的外れだ。限りある財源を有効に使うという観点からも、問題のある制度で、より経済的に困窮している人に税金の投入を集中させる仕組みに再考する必要がある。
ただし、低年金・無年金者への年金加算は、あくまで低所得高齢者への事後的な対応だ。年金受給開始年齢になる前の制度的対応が十分にとられていれば、事後的な年金加算の対象者は少数ですむ。
まだまだ不十分な低年金・無年金対策
低年金対策としては、一時的な所得の低下に対応した保険料の徴収方法(前稿でふれた免除制度や納付期間の延長措置)を整備することは望ましい。また、厚生年金へ加入する労働者の範囲の拡大(2016年10月から)は、パート労働者が自分自身の年金額を高くするために非常に重要な改正だ。
加えて、無年金者の発生を防止するための手だてとして必須の改正は、年金を受給するのに必要な加入期間(現在25年間)の短縮である。ただ、加入期間が短いと、年金が受給できたとしても低額にとどまる。そこで、加入期間の短縮という無年金対策が低年金者を出すだけにとどまらないようにするためには、年金加算の仕組みが補足的に準備されていることが望ましいのである。
こうした複数の制度改正を組み合わせて編み上げることではじめて、編み目の細かいセーフティネットが整備されるのだから、低年金・無年金対策はまだまだ不十分であると結論せざるを得ない状況にある。

田宮遊子(たみや・ゆうこ)
社会保障論
1975年生まれ。2005年お茶の水女子大学人間文化研究科博士後期課程単位取得退学。現在、神戸学院大学経済学部教員。専門は社会保障論。著書に『労働再審6 労働と生存権』(共著、山森亮編、大月書店、2012年)、『最低所得保障』(共著、駒村康平編、岩波書店、2010年)など。

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